Prologue 01「シティ・オブ・トウキョウ」
 
人はその都市を「光之帝國」と呼んだ。シティ・オブ・トウキョウの上空に浮かぶ空中都市。
スラムと化したシティ・オブ・トウキョウをすっぽりと覆い隠す巨大空中都市は、
当然のごとくトウキョウの光を奪うっていた。
それゆえに、シティ・オブ・トウキョウの市民が、空中都市を「光之帝國」という名前で呼ぶことには
尋常ならざる皮肉がこもっていた。
「シティ・オブ・トウキョウ」と「光之帝國」を結ぶ定期便の数は一日数本。
スラム化したトウキョウ市民には、「光之帝國」に渡る理由も財力もありはしなかった。

多くの人々は、日々の生活に追われながらも懸命に生きようとしていた。
いくつになってもブラブラと遊びに興じる一部の悪ガキ達を除いては・・・。

「アニキ!俺たちも出ましょうよ!」

至近距離で叫ばれたクラウドは、グリフォンの横っ面を張り飛ばした。
よろけたグリフォンは、彼らのアジトのわけのわからないガラクタの中へバランスを崩して突っ込む。

「距離感がねえんだよ。うるさいし、つばが飛ぶ。男とキスする気はねえし。
『かくれんぼ』なんてやらねえったら。やらねえっつってんだろ!」

この数日というものクラウドは舎弟のグリフォンに迫られていた。
チームを作り、光の帝国で4年に一度だけ開催される「かくれんぼグランプリ」に挑戦しよう、と。
グリフォンは、張り飛ばされた顔の痛みもなんのその近くに居た仲間のハーピー【幸福】に同意を求めつつ、
涙ながらにクラウドに訴えかける。

「とにかく。アニキはすごい男なんです。俺が保証します。だから、やんなきゃいけないんす!
『かくれんぼ』でアニキと俺たちは世界に飛びだすんです!」
「泣くな。」

おまえに保証されてどうなる。
クラウドは心の中でそうぼやきながらアジトをあとにした。

空は相変わらずの曇り空。
むろん、太陽の光など見たことはないのだが・・・。

クラウドは、光之帝國からの工業用水の排水を肌に感じながら空を見上げてつぶやく。

「どこ行っちまったんだ。クライド。」


この少年が、この街の救世主になるのはまだ随分と先の話である。


Prologue 02「旧光が丘地区主婦連合」

「おかん、めし。・・・ひっ!」

言うや否や、一閃。クラウドの顔の横を柳刃包丁が走り抜け、後ろの壁に突き刺さった。
クラウドの顔に、浮かぶ汗。さらに、突き刺さる、文化包丁、ペティナイフ、果ては牛刀。
旧光が丘地区の一角に大量のナイフが突き刺さる小気味良い響き渡る。

「・・・おかん!殺す気か!」
「おだまり!あんたまたサボったね。」

言葉に詰まるクラウド。おかんは、不釣り合いな優しい笑みを浮かべてゆっくりと歩みより、
一言一言、丁寧にクラウドに問いかけた。

「今日は、なんの日だったか言ってごらん?」

旧光が丘地区は、およそ100年以上前に住宅団地として、開発された地区である。
かつて、シティ・オブ・トウキョウを壊滅させた大地震の被害も比較的少なかったことから、
現在も有数の巨大団地として多くの人々が暮らしている。

しかし、近年、光之帝國から棄てられる産業用水の垂れ流しや、ゴミの不法投棄の被害が
深刻化していることから、廃墟化、スラム化の一途をたどっている。
こうした背景から、ここ旧光が丘地区は古くから反帝国運動の拠点として知られており、
現在も頻繁に光之帝国への抗議を目的とした市民集会が行われている。

「なんで集会こなかった!!」

その日は、旧光が丘地区主婦連合の会長であるクラウドのおかんが主宰する集会で、
近年、光之帝國が移動したことに伴う、日照権問題の深刻化を抗議するための会であった。

 

「いいかいクラウド。日が当らないと、どうなるか分かるかい?」
「知るか!」
「お洗濯モノが乾かないのよ!!」

次の瞬間、おかんの高速ビンタがクラウドにクリーンヒットした。
薄れ往く意識の中、クラウドは思う。
こんな家、はやく出て行ってやると心に誓うのであった。


この少年が、この街の救世主になるのはまだ随分と先の話である。


Prologue 03「光之帝國」

「問題があるとすれば・・・・量。」

ビッグママは、巨大な皿に山のように盛られた乾焼蝦仁(えびチリ)をすすり込みながら
自分の娘であり秘書であるカナリアに切なげに告げた。

「少ないのよ!足りないよ!これじゃあ!」
「ママ・・・。」

食べること。時代、国家を問わず、人の生存のために欠かすことのできない重要な要素である。

中国領である光之帝國もまた、その意識が強い。
そもそも中国では"国以糧為命"(国は食糧を以て命と為す)、"民以食為天"(民は食を以て天と為す)と言われ、
"食べる"ことは、人が生存していくための基本であり、治世のために国が食糧を確保し、
国民の食事を保障することが重要であるとされている。

『光之帝國』…21世紀初頭に突如として東京上空に現れた空中都市。
日本は、パートナーに中国を迎え、共に調査・開発を進めた。
東京大震災後、経済的困窮から 日本は中国に空中都市を譲渡。
中国領となった現在でも、日本の企業からは研究員が派遣され、日中合同で調査と解析が行われているが、
日本政府の『光之帝國』に対する発言権は皆無に等しい。

中国の属領ながら、『光之帝國』は独自の政治組織を持っている。
大統領制の議会政治で「民産党」と「共和党」の二政党による大統領選挙が四年に一度行われる。
中国からは中国軍と「提督」と呼ばれる司令官が常駐しているが、表向きは議会に干渉することはない。
すなわち、現在の『光之帝國』は、きわどいバランスの上で中国政府と日本政府の間に存在し、
中国本土からの独立を声高に謳う国家元首がその梶を握っている状態なのである。

「いいこと。カナちゃん。
独立を果たした暁には、この3倍・・・いや4倍のエビチリをこの食卓に乗せてみせる!
今度の演説。これでいくわよ。」
「・・・はい。ママ。」

カナリアの心配はよそに、この演説は「世紀の大演説」として語り継がれる。
しかし、 それはまだ随分と先の話である。